石内都氏 映画「ひろしま 石内都・遺されたものたち」
7月20日より、東川賞受賞作家である石内都氏の映画が公開されます。
ひろしま 石内都・遺されたものたち
広島の被爆をテーマに撮影した写真展が、2011年10月14日から2012年2月12までカナダ・バンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)人類学博物館で開催された。撮影したのは日本を代表する女性写真家の石内都。2007年に撮影のため初めて広島を訪れて以来毎年撮影している写真の中から、今回の展示会のために用意されたもので、東日本大震災直後に撮影した作品7点を含む48点が展示された。被写体は被爆し亡くなった人々の遺品たち―花柄のワンピース、水玉のブラウス、テーラーメイドの背広、壊れたメガネ…。 本作はその模様を、日本映画の字幕翻訳家でもあるアメリカ人のリンダ・ホーグランド監督(『ANPO』)が1年以上にわたって密着したドキュメンタリーである。(リンダ監督はくしくも震災の日に日本に到着して、本作の制作が始まった。) 石内都の「なぜ自分がヒロシマを撮るのか」という思いと、作品を受けとめたカナダの人々から知らされる様々な事実。カナダの先住民と広島に落とされた原爆の思いがけない接点。会場に立つ人々の心の動揺──被爆した人の死を初めて実感し呆然とする人、遺品のワンピースを着ていた少女に思いを寄せる人、祖父が原爆製造に関わっていたと告白する人、広島で出会った亡き日本人の妻を偲ぶ元兵士…。写真に触発された人々の思いが重なり、ひとつに織り成されてゆく。
「広島、長崎の被爆を語り継ぐために、芸術が出来ることは何か。国境を越え、歳月を超え、この事実をどう語り継いでゆくのか」。本作はヒロシマが今日の世界に投げかける普遍的意味を、改めて我々に問いかけてくる。 数々のドキュメンタリーを撮影し、『誰も知らない』など是枝裕和作品の撮影監督としても知られる山崎裕が撮影を担当。
「ひろしま」を撮るということ
写真展には石内さんの作品48点が展示されている。2007年に撮影のため初めて広島を訪れて以来、毎年撮影している中から、今回の展示会のために用意されたもので、今年3月に撮影した作品7点も含まれている。 「ひろしま」を発表するきっかけは書籍編集者からの依頼だった。「撮り尽くされた『広島』というテーマを今さら私がと返事をためらった」という。それでも最終的に決断したのは広島を見てみたいと思ったこと、広島に行けば私なりの写真が撮れるかもと思ったからだった。 実際に原爆ドームを初めて見た時、「こんなに小さくて、こんなにかわいいんだって思いました。すっごい健気に立っている感じで」。この時、「特別なことをする必要はない。これまで通り、自分のやり方で向き合えばいい」と思った。 被写体は広島平和記念資料館に保存されている品々。その多くは遺品だが、持ち主本人が寄贈したものも含まれる。資料館では展示されていない品々を、そっと取り出して撮影する。被写体には、ワンピースだったり、靴下だったり、誰かが着たもの、身に着けたもの、使ったものを選ぶ。
「撮影をしている時は、ワンピースと対話しているみたいな感じなんです。元気?とか、こんにちはとか。すると向こうも語りかけてくるんですよね。それは私がそういう風に思っているからだと思うんですけど、私にとっては単なる被写体じゃないんです。非常に存在感があって、私と対等でいてくれているそういう存在です」
トーテムポールに囲まれて
最初は博物館での「ひろしま」写真展ということがイメージできなかったという。今年8月に一度当地を訪れた。「トーテムポールを見て感動しました。私のイメージと全く違っていて、魂の塊みたいに感じました。それで、カナダの土地の歴史みたいなものと、私の『ひろしま』という組み合わせは、そんなにおかしくないなっと初めて来たとき感じました。」 よく見るとトーテムポールも原爆ドームと似ているという。倒れないように、後ろを鉄棒で支えられている、そんなトーテムポールの姿が、内部を縦横無尽に張り巡らされた鉄棒で支えられながら、辛うじて立っている原爆ドームの健気さと重なって見えた。「トーテムポールも基本的に腐って倒れるのが、ファーストネーションズの人たちの、地球に返るという思い。それが、鉄骨で支えられて健気な姿をここで見せている。原爆ドームも同じ。ほんとは倒れてもいいのに、みんなに見られて一生懸命立っている感じ」
どちらも人々の願いが大きいだけに、余計にその姿が痛々しい。広島を固定されたイメージから解放してあげたい。そう強く思ったと振り返った。
美しいから撮る
石内さんの作品に、一般的にイメージする被爆の悲惨さはない。美しいとさえ思わせる。それは、彼女が被写体を美しいものとして捉えているからに他ならない。もちろん、作品は演出されたものだ。特注のライトテーブルを東京から持ち込み、ワンピースの柄やスカートの色が美しく見えるように形を整えて撮影する。 「ある種の演出ですよね。でも、私の作品として美しいということは、私の美しいという思いがそこにあるからです。だから私にとってみれば、美しいと思うものを普通に撮っているだけなんです」 見つめていれば物語が透けて語りかけてくるような作品群は、これまでの広島写真展のイメージを一掃する。「私はきれいなものしか撮らないから」と笑う。もちろん、被爆を美しいと表現することに批判をする人もいるだろう。しかし、そうした固定概念から広島を開放することが「ひろしま」の意味でもある。
3月20日に広島で撮影していて思ったこと
今年も広島で撮影した。くしくも3月、あの大惨事の真っただ中だった。広島にいて福島は遠いところでの出来事に感じた。東京では地震や津波の影響が直接的にいろいろな形であったが、広島ではそういうことは少なかった。
「この距離感があることをきちんと認識しなければいけないと思いました。人の傷は絶対分からないんだっていうことを、私はとても認識して(東京に)帰ってきました。分からないってことをちゃんと意識しなければいけない。中途半端に分かるなんてことはあり得ない」それは東京にとって広島が遠い存在であることをも意味する。「だから広島(の原爆のこと)にしても、私は関東だから、遠い事件だったんです」
この距離感を乗り越えることができるのがアートだと語る。「私は過去は撮れない」。自分が生きている時間と空間に対面している現在を撮る。しかしそれは66年前に被爆したという過去からのつながりであり、歴史でもある。ただ、歴史の重さが重要なのではない。「今、彼らが、私と同じ時間、同じ空間にいるということが私は大きいと思う」。だから彼らの今を撮る。今、彼らが語りかけてくる言葉を撮り続ける。
「ひろしま」が海外で開催されたのはバンクーバーが初めて。「北米に上陸したなって感じ」と笑った石内さん。今後は、ニューヨーク近代美術館やワシントンDCのナショナル・ギャラリーでも、やってみたいという希望がある。固定観念から解放された「ひろしま」を世界に発信していく。ここがその第一歩となった。 石内さんにとって広島は第2の故郷みたいな存在になったという。今後も、広島での撮影はライフワークとして続けていくと語った。
石内 都(いしうち・みやこ) 略歴
群馬県生まれ、横須賀育ち。初期三部作「絶唱、横須賀ストーリー」「APARTMENT」「連夜の街」で街の空気、気配、記憶を捉える。その後、同い歳生 まれの女性の手と足をクローズアップした「1・9・4・7」など身体にのこる傷跡シリーズを撮り続ける。1979年第4回木村伊兵衛賞、 1999年第15回東川賞国内作家賞などを受賞。 2005年「Mother's 2000-2005 未来の刻印」でヴェネチア・ビエンナーレ日本代表に選ばれる。 2008年写真集『ひろしま』(集英社)、 写真展「ひろしま Strings of Time」(広島市現代美術館)により2009年第50回毎日芸術賞受賞。「ひろしま」は沖縄、東京、大阪、宮崎、長野、バンクーバーでも個展が開催された。
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劇場
東京 岩波ホール 7月20日〜8月16日
大阪 梅田ガーデンシネマ 8月3日〜8月16日
横浜 横浜シネマジャック&ベティ 8月17日〜8月30日
広島 広島 八丁座 8/3~8/9
広島 シネツイン本通り 8/10~8/16
リンク:http://www.saloncinema-cinetwin.jp/schedule/