コロンビアの写真5 Contemporary photography in Colombia 困難な歴史を抱えて
今年の東川賞海外作家賞はコロンビアのオスカー・ムニョス氏です。
現地に調査に行かれた楠本亜紀氏が(東川賞審査員・受賞作家展ディレクター)、コロンビアの写真についてブログを書かれておりますので、こちらでもご紹介いたします。
コロンビアの写真5 Contemporary photography in Colombia 困難な歴史を抱えて
Oscar Muñoz 「Narcisos」シリーズより
Oscar Muñoz (1951-)
ここまでコロンビアの若手から中堅のアーティストを取り上げてきたが、次に1950年代前後に生まれたベテランの世代を紹介したい。この世代は「写真家」といえばジャーナリズムで発表するような写真家が主だったため、それ以外は写真も用いるアーティストというような位置づけが多いようだ。そのなかでも、写真に大きな比重を置いているのが、今回の海外作家賞を受賞したオスカー・ムニョスだ。ムニョスは1970年代より、写真を用いたハイパーリアルなドローイング作品の制作をはじめている。写真のみならず、フィルム、彫刻、インスタレーションなどによる制作を行っているが、現実との関係性や意味生成のあり方から、ムニョスにとって写真は中心的な位置を占めているという。世界各地を巡回した「Protographs」展も、「原-写真」という観点からこれまでの作品をまとめている。水のなかに消えていく顔、息をふきかけた間だけ像が浮かび上がる写真、描けども描けども消えていく水で描いたデッサンなど。生のはかなさや、記憶と忘却についてを想起させる作品だ。詳しくは東川賞受賞作家紹介のページを参照のこと。
http://photo-town.jp/higashikawa-prize/prize-foreign/index.html
展覧会「Protographies」(Jeu de paume、パリ、2014年)のカタログ表紙
Miguel Ángel Rojas (1946-)
ミゲル・アンゲル・ロハスは自らのゲイとしてのマージナルで主観的な経験や、アイデンティティ、政治といった事柄を、コンセプチュアル、マルチメディアの手法によって作品化している。1973年に制作された 「Fraenza」シリーズは、ボゴタにあるB級映画館でのゲイ達のあいびきの様子を隠し撮りした作品。暴力に満ちたマッチョな社会において、ゲイであるということは時にはむごたらしい死をもたらすことでもあった。ロハスはそうした影の存在に光を当てるとともに、恐怖と欲望が裏表の関係にある人間の性のようなものを、アメリカンポップやコミックの手法を引用することによって、隠喩的ともいえる形で提示する。内戦で片足を失った元兵士を、ミケランジェロのダビデ像のような形で撮影した「David」(2005年)も、美と醜、恐怖についてや、それを美術作品として購入したいと思わせる欲望についてなど、様々なことに思いを馳せさせる作品だ。
Miguel Ángel Rojas 「Fraenza」シリーズより
Miguel Ángel Rojas 「David」展示風景
上下とも『Miguel Ángel Rojas : essential, conversations with Miguel Ángel Rojas』より転載
Victor Robledo (1949-)
グアダルーペ・ルイスが展示を行っていたギャラリーのオーナーから、写真を用いたアーティストといえばこの人と推薦されたのがヴィクター・ロブレドだ。ボゴタのロス・アンデス大学にて建築を学んだロブレドは、1970年代から光、空気、水といったものをテーマに、抽象性の高い独自の作品を発表し続けてきた。ムニョスやロハスが写真を用いながらも、他の手法も取り入れるなどマルチメディアによる制作をしているのに対し、ロブレドは写真だけを用いている点において、(ドキュメンタリー写真家をのぞいて)コロンビアではあまり類をみない存在だと本人も語っていた。光と影が空間のなかに織りなす陰影をとらえながら、現実の表象というよりは、光がいかに時間の感覚や感情に影響を及ぼすかという、観者が光を観察する内的なプロセスを重要視した繊細な作品を制作している。ガラスを用いた非常に繊細で構築的な作品を前に、高松次郎の作品を思い起こさせもした。主に室内における実験的な写真の数々を前に、戸外での撮影は行わないのかと尋ねたところ、少し前までのボゴタにおいて、大型カメラをかついで戸外で撮影をすることなど危険すぎたという答えが返ってきたことが虚を突かれる思いだった。
Victor Robledo 「Constructions」シリーズより
Victor Robledo 「Mirages」シリーズより
Santiago Harker (1951-)
サンティアゴ・ハーカーは、ドキュメンタリー写真を代表するとされる写真家だ。ゲリラやパラミリタリーの支配によって、普通ではなかなか行くことの難しいようなコロンビアの各地を実際に自分の足でまわって風景や人々の撮影を続けている。ニュース的な状況ではなく、光と影や、色彩による独自の美学で切り取られた写真はオーソドックスともいえるが、手堅さがうかがえる。「Colombia Sideways」シリーズでは、それまでに撮影してきた場所の多くが、1850年代にイタリア人傭兵のアグスティン・コダッツィ(Agustin Codazzi)が、地学者、自然科学者、文筆家、画家たちを引き連れて、コロンビアの地誌作成のために行ったコミッションでたどった場所と共通するところが多いことに気がつき、当時作成された絵画と対比的に写真を見せる試みを行っている。同じような服装や、状況など、主に類似の妙を示すにとどまっている写真も多いが、おそらく時間を経てみてみると、あまり写真に撮られることもなかった地域の貴重な記録になっているのではないかと思われる。近年ではコロンビア政府と南米最大の反政府ゲリラ組織FARC(コロンビア革命軍)の和平交渉のドキュメントを撮影するプロジェクトに参加するなど、精力的に活動を続けている。
Santiago Harker 「Colombia Sideways」シリーズより
今回は特に手探りのような状態からコロンビアの写真家を探すなか、写真家を含め、たくさんの方々に協力してもらった。東川フェスでは受賞作家一名を紹介することしか叶わないことがもどかしい。資料を準備し、貴重な時間を割いて作品について話していただいた写真家の面々に対するこちらからのフィードバックの意味もこめて、日本ではほとんど紹介される機会もなく、情報を得ることも難しい写真家を紹介させてもらった。いただいた貴重な資料も、もっと多くの人の目に触れるような機会を積極的に設けていかねば。
東川に常設写真ライブラリーができて、フェスティバルに際して写真の町通信だけでなく、もう少しカタログ的な要素もある冊子ができればと、切に思う。
リンク:http://curatory.exblog.jp/