野町和嘉氏 展覧会「World Heritage Journey 世界遺産を訪ねて」

作家メッセージ
ニューヨークとサンパウロで乗り継ぎ、東京から実に37時間をかけて到着したイグアスの滝は、天地を響(どよ)もす轟音とともに飛沫の柱を龍のようにくねらせ、なだれ落ちていた。凄まじいばかりの水量と、風に巻かれ豪雨のように降り注ぐ飛沫。そして蒼穹から降り注ぐ鋭い光。14年前にこの場所を訪れ、曇り空の下で眺めた滝壺とは天と地の違いだった。
アメリカのルーズベルト大統領夫妻が訪れた際、イグアスの滝のスケールに圧倒された夫人が、思わず「かわいそうな私のナイアガラよ!」とつぶやいたという話は有名である。総幅4000メートルに及ぶ断層に沿って、いくつもの滝となってなだれ落ち、どこに立っていてもジャングルの向こうから地鳴りのような水音が響きわたるイグアスの滝の存在は圧巻である。満月の動きにあわせて滝壺に架かった虹が徐々に移ろってゆく様を、一人展望台に三脚を据え、時に飛沫を浴びながらじっと見守っていた。
そしてニューヨークに戻り、大西洋を越えてデンマークのコペンハーゲンを経由、さらに10時間余のフライトで北極圏グリーンランドのイルリサットに到着。イルリサットとはグリーンランド語で「氷塊」を意味するそうだが、氷河に削られた岩山の沖合は、巨大な氷山によって埋め尽くされていた。真夏のグリーンランドでは、24時間太陽が沈まない白夜になる。ちなみに8月に掲載した写真の撮影時刻は、深夜の午後11時13分。水平線近くまで傾いた夕日は、そのまま横に滑って再び朝日となって昇ってゆくのである。
イグアスの滝の圧倒的な「動」の世界に対して、イルリサットは氷山に囲まれ風波も立たない静寂の世界であるが、冷たい海の中では大量に発生するオキアミから始まる生命循環によって、クジラを頂点とするおびただしい数の生命がせめぎ合っており、しばしば息継ぎに浮上したクジラの潮吹きの音が氷壁に響きわたっていた。
南北アメリカ大陸から北極圏へ、中国から中近東ヨルダンの砂漠へ、そしてヨーロッパの多彩な文化遺産を巡ってきた。
限られた作品点数ではあるが、生命を育んできた地球の奥深さと、風土と巧みに調和しつつ受け継がれてきた文化遺産の豊かさを堪能していただければ幸いである。
日・祝日 休館