荒木経惟氏 展覧会「銀塩女優 Summer Xu」
Summer Xu (许晴)は、北京を拠点に活躍する国際女優である。
フィルムアカデミー在学中の90年代のデビューから注目を集める。たゆまない努力と情熱、軽やかで自在な向上心で仕事に打ち込み、現在に至るまで、多様なジャンルで飛躍を続けて中国の人々に愛されている。
写真家・荒木経惟との最初の接点は、90年代の撮影である。その後の20余年の間に彼女は、数々の大作で重要な役割を担い映画賞受賞を重ねながら、優美な佇まいと可憐な姿の奥に、経験がもたらす複雑な精神の襞を潜ませてきた。
2018年秋、都心のスタジオのメイク室の階段をおりてきた彼女は、ノーメイクで日常愛用する服をまとっていた。ありのままの自分を現したいという望みは、すでに荒木に伝えられていた。 イヤホンで聴いているという彼女の最近のお気に入りのBGMが流れ、シャッター音が響く。濃密な時間のたゆたいに寄り添いつつ、ときに、荒木の発するジョークに声を立てて笑う立ち居振る舞いは、しなやかな自然体で、そして美しかった。 これまでの多くの旅を連想させる年季の入ったスーツケースいっぱいに詰め込んできた私服の、何度目かの着替えの前に「メークしたところも撮っておこうか」と荒木が声をかける。
黒で統一された衣服に映える真紅のリップが、色白の肌を際立たせる。荒木の指示で身体を動かしていくうちに、彼女の中でイマジネーションがみるみる膨らんでいく気配が傍目にもわかった。空気がさらに熱を帯びたころ、高まった感情は、许晴の瞳から涙を溢れさせた。彼女が奏でた物語がどのようなもので、どのような情景がその眼に映っていたのか、オブザーバーには知る由もない。ただ、頬を伝わる涙は静かに澄んでいてほんとうに綺麗だった。
翌日台湾の映画祭に出席して、帰国した彼女が、上がった写真の画像を見て非常に喜び、写真集を熱望しているということが伝わってきた。 東京での展覧会の初日は、彼女の誕生日にあたる。
モノクロームのポートレート作品30点とポラロイドの花によって構成される、荒木経惟x许晴「銀塩女優 Summer Xu」展は、1月22日よりスタートします。展覧会カタログ同時刊行。