荒木経惟氏 展覧会「夏幸福」
10年ほど前になるだろうか。
荒木さんは」幸福写真というテーマを追って、通信社の記者と毎月のように撮影に出かけていた。
出向いた場所は、花見客で賑わう桜満開の井の頭公園、老人の原宿と呼ばれる巣鴨のメインストリート、七五三を祝って参拝する親子づれの晴れ着がまぶしい明治神宮など。
ーーどういうことが生きることか、どういうことが不幸かなんてわからない。だから、ファインダーを覗きながら、相手に教えてもらうつもりで、心を自由にして想像を膨らませる。相手に教えてもらうこと、それは写真の事(こと)だけじゃないよ。みんな、それぞれに魅力があるし、何かしら新しいことを教えてくれる。だから、アタシにとっては世間のみんなが先生なんだねーー(ポプラ社『幸福写真』より)
「真面目に照れずに」幸福と向き合い、心から嬉しがりながら押したシャッターは、こぼれんばかりの笑顔をすくい取った。
本展に紹介されているのは、「家族の休日」からの25点。
都内の遊園地の大きなプールで、つかの間の休日を満喫する家族やカップルたちが、歓声やざわめきが聞こえてくるような場面が並んでいる。
今年の夏、「アタシの写真は、いつでもどういう風に見てもらってもいいって思ってるんだけど、今回はちょっとメッセージを提出してみようと思った」。
世間では、無差別殺人や幼子への虐待など哀しいニュースが後を絶たない。そんな時代を背景に、「恋人とか家族など、身近な愛する人への笑顔、身近な愛する人からの描いこそが、本当に素晴らしく一番大切なんだという気持ち」をこめて、当時の写真が再構成された。
写真集『幸福写真』は、亡き妻・陽子さんの写真で締めくくられている。荒木さんの幸福写真論は、ここから始まったのかもしれない。年齢を経て「死神を背中に感じる」ようになり、写真はより強く、生へと向かう。
ーー100%の不幸なんてないって信じてる。たとえ99%不幸なことがあっても、残りの1%の幸福の瞬間を私は撮る。1%の幸せを永遠にする。そう思ってシャッターを切るーー