川田 喜久治氏 展覧会「エンドレス マップ」
川田喜久治は、1956年の『週刊新潮』創刊からグラビア撮影を担当し、その後フリーランスとして60年以上写真を撮り続けています。メタファーに満ちた作品「地図」(1965年)や、天体気象現象と地上の出来事を混成した黙示録的な作品「ラスト・コスモロジー」(1996年)、都市に現れる現象をテーマにした「Last Things」(2016年)など、常に意欲的な作品を今なお発表し続けており、日本のみならず世界でも高い評価を受ける日本を代表する写真家の一人です。
1965年に刊行されたデビュー写真集「地図」はセンセーショナルな驚きとともに、川田喜久治の評価を決定的なものにしました。原爆ドームの天井や壁のシミと、戦後20年の復興、経済成長を象徴する「都市で拾い集められた時代の」オブジェを繰り返し見せることで、敗戦という歴史の記憶を記号化しました。
写真集はその後、2005年に月曜社とナツラエリプレス(アメリカ)から新装本として、2014年にはアキオナガサワパブリッシングより復刻版が出版されています。
一方プリントとしての「地図」は、写真集に先立って1961年に富士フォトサロンで、1974年には「New Japanese Photography」展(ニューヨーク近代美術館)で展示されました。その後もさまざまな美術館やギャラリーでセレクションを変え展示されましたが、2014年にはロンドンのテート・モダンにてプラチナパラジウムプリントによる屏風や、銀塩の大型作品とともに完全版が展示されました。
2004年にプラチナパラジウムプリントによる地図を発表、銀塩と異なるその独特な表情はまた一つ別の寓話となって立ち上がり、川田はこの時、「しみのイリュージョン」というテキストの中で「写真は時には現実以外のものを隠しきれないほど写し込んでいます。この新しいリアリティはさらに想像的なイメージへと働きかけ、イリュージョンとしての未知の知覚がとってかわる。」と書いています。
1998年からインクジェットによる作品制作を続けていますが、昨年より、「地図」を和紙にプリントすることを始めました。自身の処女作への終わりなき探究心は驚くべきものがあります。過去のトリミングを放棄し、つまびらかになったイメージ。デジタルにより銀塩では再現し得なかった情報が露わになっています。
本展では、これらのプリントから約30点を展示いたします。新たな表現を獲得した「地図」をぜひ、ご高覧ください。
光と時の寓話―2021
川田喜久治 kikuji kawada
「地図 The Map」から、わきあがる雲のような面影、そして、人影の息吹が、世紀の記念碑となったものから聞こえてくる。かつて歓喜し、驚き、失望した領土から、いま、ストーリーのないひかりと時の寓話が顔を出す。
「地図 The Map」のプリントは、半世紀ほどまえ、まず暗室で薄い複写用紙から始まる。それから、ゼラチン・シルバーにセレン調色、さらにプラチナ・プリントへ、(西丸雅之氏による)つづいて、バライタ紙にピグメント・インクジェット・プリント。いま、手漉きの和紙にピグメント・プリントを試みる。2019年から、3台の違ったインクジェット・プリンターで行われた。
それぞれのプリントから表情や話法のちがいを感じながら、魂の震えに立ち止まることがあった。寓話になろうとする光も時も、共鳴する心と増殖を始めていたのだ。いま、寓話のなかの幻影は、顔のない謎へと移ってゆく。
そして、2020年初頭から、新たに経験する世界的なプレイグタイムに生まれたエンドレス マップはグロテスクで皮肉な未来を囁こうとしているのかも知れない。
Oct. 20. 2020. Tokyo.
日・祝日 展示のない土曜日 休館