石川直樹氏 展覧会「K2 / Broad Peak / Nanga Parbat」

石川は、高所登山においても一貫してフィルムの中判カメラを使用しています。 「失敗したから消す、ということのできないフィルムカメラは、旅先における一期一会の出会いを、その状況ごとに克明に写しとることのできる手段だと考えています。 高所登山において、フィルムの中判カメラを持っていく人は皆無で、そのことを一つとっても、抜き差しならない状況下における瞬間の光が、きっちり像を結んでいるのではないか、と信じています」と語る石川の写真は、極限の状況下で二度とないその瞬間の光景を、冷静に、そして正確に写し出しています。
地球上で最も過酷な環境と言ってもいいヒマラヤの山々は、現在も昔も、人を容易に寄せ付けません。 神々の領域と言われる8000mを超えた山々で切り取られた光景は、銀塩写真という化学反応を通じて、言葉や思考を超えた世界そのものの美しさや不可思議さを我々に指し示してくれるでしょう。
「K2、ブロードピーク、ナンガパルバットという3つの山は、ぼくが2022年6月~9月にかけて連続して登った、パキスタンにある8000メートル峰である。
世界第二位の標高を誇るK2(8611m)は、2015年、2019年と2回遠征に行ったが登れず、2022年7月22日、3回目となる今回、ようやく登頂することができた。 これで登頂できなかったらもう高所登山をやめようか…とも思っていたので、今回の登頂によって溜飲が下がった。 それだけK2という山の呪縛は、ぼくにとって強い意味を持っていた。 ブロードピーク(8051m)も2015年に行ったが頂に立てず、2022年7月29日、二回目となる挑戦で登頂した。 ブロードピークは、その名の通り頂上の山域が広く、頂上に続くコルに出てからさらに稜線を一時間ほど進まねばならず、予想外の大きな苦労を強いられた。 「人喰い山」という異名を持つナンガパルバット(8126m)は、今回はじめて登りにいったものの、頻発する雪崩によって上部に行くことがほとんどかなわなかった。 これが悔しすぎたこともあり、今の喫緊の課題はナンガパルバットに登ることであると考えている。 パキスタンにあるこの3座の遠征では、日付がフィルム上に記録される古い35ミリカメラを持参し、日記を記すようにして日々の撮影をした。 無論、文字によって日記を書くのが一番いいのだが、長期遠征ではそんな余力もなく、ペンを握る気にならない日も多くある。 利き手の人差し指に力を入れてシャッターを切るだけなら、どんなに疲れていても、どうにかできる。 天候待ちなどでベースキャンプに缶詰めになる日が続くなか、何が起こっても、何が起こらなくても、とにかく毎日撮影し続けてきたのが、透明アクリルと共に並ぶ小さな写真群である。 一方で、額装された大きな写真は、中判のフィルムカメラでいつものように撮影したもので、登攀中に「もうカメラを投げ捨ててしまいたい」と何度も思った。 それでもカメラを手放さなかったのは、自分が写真を撮るためにこうした山に登ってきた、という自負があるからだ。
ネパールの山も含めて6座の8000メートル峰に向かった2022年のヒマラヤ遠征は、ぼくのこれまでの旅を振り返っても、とりわけ記憶に強く刻まれるものとなった。 年齢的に、無茶な遠征を繰り返すことのできる時間は、あまり残されていない。 写真によって2022年の遠征の日々を繰り返し反芻しながら、ぼくは2023年の計画をすでに立てている。 新しい旅のはじまりは、もうすぐだ。 」
ー 石川直樹