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東川町国際写真フェスティバル Offcial blog

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勇崎哲史氏 写真展「光の記憶」


日本で最初の国際写真フェスティバル「東川町フォトフェスタ」と国際写真賞「東川賞」のプロデューサー、プランナー、キュレイターとして、その立案と制作実施に携わってこられた勇崎哲史氏の写真展が始まりました。


光の記憶

勇崎哲史氏 写真展「光の記憶」_b0187229_09170405.jpg
©勇崎哲史


以下リンクより

勇崎哲史は東京総合写真専門学校に在学中に、講師として勤めていたビデオアーティストである中島興に出会い、1971年に撮影アシスタントとして沖縄を訪れます。同じ写真学校に通い、地元沖縄のアシスタントとしてそこにいた平敷兼七と親交を深め、72年の沖縄の本土復帰をどこで過ごすかと考えるなかで、自身が日本の東に位置する北海道で生まれ育ったことから、西の端である与那国島を目指しました。しかし、そこに向かう途中の空港で、宮古という名前の持つ魅力に惹かれ、復帰の日を宮古島で迎えることになります。

 そこで沖縄の政治的な葛藤を目にすると同時に、島に引き継がれている豊かな文化や、優しさを失わない人々の地下水のような心の水脈を感じ、73年にかけて沖縄のほぼ全域を放浪しながら、日常の生活の中の人々の姿を撮影します。大神島の全世帯の家族写真を撮影するとともに、その写真を写っている人々に届け、その写真は、当時写真の無かった大神島でありがたがられ、島の記憶になり、人が亡くなると、その遺影にも使われました。

 しかし、出会った人々への想いと、政治的な複雑さ、歴史の重さを、個人の作品として発表するということの葛藤の中で、77年に写真家としての活動に挫折し、北海道で家族との約束であった企画会社を兄弟で営むことになります。
 その沖縄の人々や大神島の家族との出会いと、その交流のなかでの気付きが、東川町国際写真フェスティバルの構想をはじめ、その後の全ての仕事の源となり、写真フェスティバル始動後も沖縄との交流を続け、大神島の人々にフェスティバルを案内することもありました。
 89年プランナーとしての仕事に追われる中で、憧れの作家であったロバートフランクをフェスティバルに呼ぶことに成功し、その出会いによって、作家としての活動を再開する決意を固め、それから毎年のように沖縄に通うようになります。

 2007年に沖縄移住後は、北海道でのプランニングや独自の写真研究を基に、光画文化研究所を設立し、写真を介して集まる、沖縄県内外の幅広い年齢や肩書きの人々に分け隔てなく、たくさんの個性を見出し、その感性を育てました。

 勇崎は、作品や展覧会の量ではなく、人々との繋がりの親密さに拘りました。その鋭い視線と繊細な心を通して生み出された作品たちからは、他者を想い、共に育むという確かな意思と強い信念が伝わってきます。



東川町は「国際的な交流と写真文化を通じ、世界に開かれた自然と文化が調和する活力と潤いに満ちた町づくり」を目指し、1985年6月に写真の町宣言を行って以来、39年を迎える本年まで「写真」を町づくりの根幹として様々な事業を展開してまいりました。勇崎氏はその「写真の町構想」を発案し、東川町が写真の町を宣言した当初から、写真による町づくりを一緒に行ってきました。
しかし、写真という文化で町づくりを行うことは、容易ではありませんでした。初期の頃は中々理解が得られない部分もあったと言われている勇崎氏の構想は、写真で「自然と人」、「人と文化」、「人と人」を繋ぎたいという強い情熱で実現されていきました。今年で30年目を迎える写真甲子園の開催も大きな転機となり、紆余曲折ありながらも、ご協力をいただいている東川町民の皆様をはじめ関係各位のお力添えのもと、今日に至るまで写真の町は続いております。
想いを引き継ぎ、時代と共に形を変えながら町づくりを行う中で、勇崎氏の構想は無限に広がりのあるものであったと改めて感じています。写真の町からはじまる人と人とのつながり、出会いが東川町の魅力を作っていく大きな要素であることは間違いありません。勇崎氏の発想がなければ今の東川は無かった。そう当時を振り返る人もいます。
自身も写真家であった勇崎氏は、写真の町に対する強い情熱を持って取り組んでおられましたが、毎年開催しているフェスティバルで自身の作品展を行ったことはありませんでした。あくまでプランナーとして東川町のフェスティバルと関わってきた勇崎氏の回顧展を、写真の町東川町で開催できることに大いなる意義を感じ、写真の町の創設にあたり東川町に対し多大なるご尽力をいただいた勇崎哲史氏に改めて心からの感謝の意を表します。
写真文化首都 北海道「写真の町」東川町



【トークイベント】
会期中、勇崎氏ゆかりの方々によるトークを開催します。
①6月4日(日)14:00-15:30
  ゲスト:石川竜一、深川雅文
②6月17日(土)14:00-15:30
  ゲスト:石川竜一、林直、吉雄孝紀
※会場:東川町文化ギャラリー 
※ゲストは変更となる可能性があります。
※事前申込不要。入館料のみでお楽しみいただけます。

【同時開催】
写真の町東川賞コレクション展「沖縄の光 それぞれのまなざし」
会場:東川町文化ギャラリー 第四展示室



勇崎哲史(ゆうざきてつし)写真家/写真文化研究
1949-2021

札幌市に生まれる。1982年「HELP!NETWORK」インデペンデント・キャンペーン主宰。1984年北海道東川町に「写真の町構想」「写真の町宣言」を提案。翌85年から21年間に亘り、日本で最初の国際写真フェスティバル「東川町フォトフェスタ」と国際写真賞「東川賞」のプロデューサー、プランナー、キュレイターとして、その立案と制作実施に携わる。1993年「写真甲子園」を考案し、写真の町10年を記念する翌94年より制作実施。また1994年より札幌市写真ライブラリーの多数の企画展を制作するとともに、20万タイトルに及ぶ札幌市関連写真のネガ収蔵とデジタル・アーカイブ化の起案と制作に携わる。2007年那覇市に移住。光画文化研究所を開設。写真の歓び研究会、copi写真学校、フラグメンツなど、沖縄を中心に写真を通した「人育て」や写真文化を広げる活動をしながら作品制作を行った。

主な個展に1970年「寂」「マッチボックス」、1977年「勇崎哲史視跡展」、1979「シートレイン号からの絵葉書」、1989年「青の島」、1991「大神島・家族の肖像」、1998-99「光の絵日記:沖縄・宮古・八重山1971-73年、そして1990年代」、2009年「1989」、2020年「蝉、生まれいずるころ。」

主な著作に写真集『大神島 記憶の家族』平凡社、沖国大ブックレット『思考方法としての写真』沖縄国際大学、『写真甲子園への道』写真甲子園10周年記念PDF誌、『蝉、生まれいずるころ。 写真展 ファクター・ノート』、『古宇利島 メモリーズ』、『多良間島 忘れえぬ人々 勇崎哲史写真帖 1972年9月15日-23日』等がある。



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【期間】2023年6月4日(日)~19日(月)
【会場】東川町文化ギャラリー 第一・二・三展示室
    〒071-1423北海道上川郡東川町東町1-19-8 TEL : 0166-82-4700
【開館時間】10:00~17:00
【入館料】100円(中学生以下無料)
【主催】写真文化首都 北海道「写真の町」東川町
【協力】沖縄愛楽園自治会、石川直樹、石川竜一、伊藤隆介、小浜美恵子、吉雄孝紀、PALI GALLERY




by higashikawa_blog | 2023-06-04 09:20 | その他お知らせ
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