歴代受賞作家 石川直樹氏が、第77回読売文学賞を受賞しました。
また、東川賞審査員 柴崎友香氏も同賞を受賞いたしました。
小説賞 柴崎友香 「帰れない探偵」…不条理ながら旅する心地に
登場する探偵は「世界探偵委員会連盟」で探偵の仕事を学んだ後、研修期間を経てフリーの探偵となった。連盟の恩師の紹介で住み始めた街に事務所を借りたが、仕事を始めてすぐに事務所は消え、帰れなくなった。それどころか、生まれ育った国にも、突然体制が変わったため帰れなくなり、今は連盟から支給された偽のパスポートを使っている。というこの小説の不条理な設定に、まず 惹 きつけられる。カフカの不条理小説は、突飛に見えながらも実世界の不条理を比喩的に丹念に表現したものであるが、この小説も同様だ。けれどカフカと異なり今この時に書かれた本書は、わたしたちの身のまわりに日々迫ってくる不安や悲しみ、その中にあるささやかな 歓 びを、「今」の時代の実感をもって、あたたかい体温をもつ生きもののように、差しだしてくれる。 不安感に満ちた小説だが、探偵が住むことになるいくつかの街は、とても魅力的だ。街のつくり、店の品々、 繁 っている植物、街の周囲の景色、食べもの。どれもその街の日常をかいま見せ、読者も探偵と共に旅をしている心地となる。どの街にも安住できない探偵が、こののちどうなってゆくのか。読み終えて本を閉じたあとも、ずっと考え続けてしまう、そんな小説である。(川上弘美)
随筆・紀行賞 石川直樹 「最後の山」…登山追求するシェルパの姿
標高八千メートルを超える地帯。想像もつかない。空気が薄い、空が近い、動植物の世界は遠い。地球にはその域に達した山頂が十四座ある。石川直樹はそのすべてに登頂し、その経験を文章にした。究極の紀行文と呼ぶにふさわしい。
強烈だ。何の気取りもない端正な名文にみちびかれて、読者は彼の旅を追う。二〇〇一年のエベレスト初登頂、十年後の二度目のエベレスト。着実に積み重ねられた著者のヒマラヤ体験は、コロナ禍による足止めの期間を経て、爆発する。二〇二二年と二三年で九座。ついで二四年、最後に残されたシシャパンマ。狂おしいまでの旅路。
背景にあったのは、自分よりも年下の新世代のシェルパの登場だという。従来もっぱら登山者を支える側だったシェルパの中に、自由 闊達 に好きな登山を追求する若者たちが現れた。この友人たちが新しい時代を切り 拓 くようすを間近で記録したいと考えた。
危険はいつもすぐそこにある。友人の死や遭難に、思索が強いられる。それを乗り越えてフィルムカメラで写真を撮る。登山家でも冒険家でもなく自分は「写真家として山に登っていた」という彼のつつましい潔さ。十七歳、インド・ネパール一人旅に始まる長い長い歩みの、驚くべき到達点だ。(管啓次郎)